『天体議会 プラネット・ブルー』(長野まゆみ)―すきとおった夜天の下の孤独

 冬の冴えた夜天を見上げる。シリウスを目印におおいぬ座を見つけ、その前足と後足であるβ星とζ星を結んだ直線を、水平線に向かって延長する。

銅貨と白鳥座、水晶、人工衛星の切手、ライカ犬のシガレット……

 りゅうこつ座の一等星であり、全天で2番目に明るい星であるカノープスの見つけ方です。
 この作品を読んで以来、見たい見たいと思っているのですが、まだ見たことがありません。北海道では、まず水平線の上に出てきません。関東あたりでもかなり難しいはず。もし、もっと南にお住まいであれば、冬にやってみてください。

 未来都市に生活する水蓮と銅貨、二人の少年たちの友情を描いた、長野まゆみの初期作です。

 長野まゆみは私にとって特別な書き手です。中高生のころは長野まゆみ作品のことを考えるだけで、日常を離れて、その温度の低い美しい世界へ入って行けました。
 作品に登場する道具や食べ物や登場人物の知識も、私にとっては新鮮で(もう30年くらい年が上の方ならレトロ、と言うかもしれませんが)憧れました。上のイラストは、そんな長野まゆみ作品世界への憧れを詰め込んで描いた覚えがあります。こういう雰囲気が好きなら、読んで損はなし、絶対に得しかない、です。

 また、ディティール部分に目がいく長野まゆみ作品ですが、テーマも当時の私にとっては初めて出会うもので、鮮烈でした。オリジナル(自分)とレプリカ(複製)について、人間の身体と精神のねじれた相互関係について、失われゆく愛しいものへの哀惜について、時間が流れ人が死んでいくことについて。世界と人間が関わるところに生まれる、触ることの難しい問いの数々です。長野まゆみ作品が抱えて手渡してくれた問い、私はそういうものが存在することを知ると同時に、同じような世界と人間との問いをもった物語を探して、追い続けるようになりました。

 今でも思い出せます。『天体議会』を初めて読んだときに、なぜ「私」は一人きりしかいなくて、「あなた」も一人きりしかいなくて、一人には一生しかなく、「今」が一度しかないのか。言葉にならない(できませんでした)世界への「なぜ」が、温かく寂しく、足元を吹き抜けていったことが。

「なんで、みんな南へ行くんだろう。」

長野まゆみ著『天体議会 プラネット・ブルー』文庫版p.190より

 秋の初めに出会った正体不明の少年と、水蓮と銅貨の二人の間には奇妙な交流が続いていました。冬になり、彼は船で「南」に旅立つと告げます。二人は、客船がカノープス(その名を水先案内、老人星とも)の下に吸い込まれるように水平線に消えていくまで見送ります。その後のシーンで、銅貨がふとこぼすセリフです。のちに、客船に乗り込んだはずの少年が二人と出会うずっと以前に病死していることがわかります。

 だから、このセリフは最後まで読んで返ってくると、表面の意味以上に響きます。なんでみんな死んでしまうんだろう、ではないでしょうか。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』も南天に向かう旅だった。

 どこまでもどこまでも一緒には、行けない。繋いだ手はいつかは、離れる時がきます。水蓮と銅貨もまた。
 これは友情の物語です。しかし、同じくらい、夜天の下でたった一人生きることを運命づけられた、私たちの孤独の物語でもある、そう思うのです。

手をつなぐ銅貨と水蓮

 Pilotの万年筆インクで描きました。Pilotの“ブルーブラック”っていう全然ブラックじゃないただのブルーみたいなあれ、手紙には心もとないけれど、絵を描く分には好きです。つけペンで書いてもかすれずついてくる。

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コメント

  1. ナツ より:

    昔から長野まゆみさんの本は気になりながらも、読んだことはありませんでした。
    このブログがきっかけで、「天体議会」を読んでいるところです。私も好きな宮沢賢治の影響や、漢字使いが森茉莉を思わせます。シリーズもののようですが、おすすめの読む順などありましたら、教えていただけると嬉しいです。(お時間がある時に)

  2. 石井 より:

    >>1
    お答えします。『天体議会』の銅貨と水蓮が出てくる話はもう一つ、『三日月少年漂流記』があります。『三日月少年』の彼らは『天体議会』の時より幼いので、過去編と言えるかもしれません。しかし、出版順は『天体議会』→『三日月少年漂流記』です。
     一話完結なので、どちらから読んでも差し支えないです。
     
     個人的には『天体議会』を読んでから『三日月少年』かなあと思います。『三日月少年』は90年代初めから長野まゆみが追いかけ始める「コピーと本体」の主題の端緒があるので(これは『螺子式少年 レプリカ・キット』につながります)、長野まゆみ作品全体としては、もう最初期の『天体議会』や『野ばら』、『少年アリス』と同じではない気がします。
     『三日月少年の秘密』はタイトルが似ていますが全く別作品です。

  3. ナツ より:

    ご丁寧に教えて頂きありがとうございました。「少年アリス」は入手していますので、「天体議会」の次は「三日月少年」を読もうと思います。

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