どうして菫色なんだろう。そういえば。
長野まゆみの小説にはたびたび菫色のモチーフや、菫色の瞳を持つ少年が登場する。私の記憶にとりわけ印象的に残っているのは『テレヴィジョン・シティ』に出てくる才気煥発な少年、イーイーだ。彼の瞳は菫色で、彼が訳あって使っている精油の名は 《ヴィオラ》 という。
菫色。虹の一番外側の色。可視光線からはみ出していきそうな色だ。
『超少年』の冒頭は菫色の洪水で始まる。

市内の目ぬき通りには春の祝祭らしくニオイスミレの紋章入りの旗がひるがえり、ゆきかう人の服や帽子にもスミレ色が目だった。菓子専門店の “ハーツイーズ” では、二本ずつ交叉させたスミレ色の三角旗を梁ごとにかかげ、それぞれの棹(ポール)の切っ先には玻璃(がらす)でできた白い鳩がとまっている。
長野まゆみ著『超少年』文庫版p.10より
主人公の少年、スワンも菫青(パンシェロ)の瞳を持つ。彼はS/U境界市に兄と二人で暮らす中級学校の生徒だ。何不自由ない生活をしている彼のもとに、ある日突然、見知らぬ風変りな少年が声をかけてくる。謎の少年はスワン本人しか知らないはずの秘密を知っており、しかも、スワンのことをいなくなった第一王子だと言う。
実は、記憶が定かではないが、これは私が初めて手に取った長野まゆみ作品でもあるはずだ。中学生だった私は、表紙の美しさに惹かれてこの本を手に取り、冒頭の菫色の洪水にうっとりし、スワン少年の身体から植物が生えてくる描写にまたうっとりし、そして本を閉じて書架に戻した。
手に負えないと思ったからである。
ある時期以降の長野まゆみの「うっとりするような描写」は、一枚めくったその下に、ぞっとするような非人間性や常識からかけ離れたラディカルと言ってもいい思考の冒険を隠していて、不穏だ。当時言葉にはできなかったけれど、そのことをなんとなく感じとった。
だから長野まゆみを中高生が特によく読むのは、うっとりしにいくのではなく、そこに彼らの知りたい問い(答えではない)が隠されているからだと私は思う。そうでなくては、これだけの不穏さ、足元が揺らぐような怖さの中をかいくぐって手傷を負いながら読んでいくのは、こういう表現をするのはなんだが、「割に合わない」(私は『夏至南風』や『サマー・キャンプ』なんかは激戦だと感じるのだけど、あれが「心地いい」と言った友人もいるので……どうでしょうね)。
話をもとに戻そう。なぜ、菫色なんだろう。
菫色の、その波長をもっと短くすれば紫外線になる。ultra violet、UVだ。長野まゆみの小説には紫外線もしばしば登場し、その世界の(近未来ディストピア的な)輪郭を明らかにする。『海猫宿舎』や『学校ともだち』の世界は、降り注ぐ紫外線の量が多くなったために生活に支障が出ているし、『テレヴィジョン・シティ』でも地上に残された最後の楽園は紫外線量が少ないことが示唆されている。紫外線は人類にとってのみならず、多くの生物にとって有害で相容れないものだ。
しかし本当に、紫外線は有害なだけ、ただの悪者だろうか。
生物のDNAを傷つける紫外線は、その修復の過程で突然変異個体を生み出すことがある。変異が環境に適応するかどうかは偶然に左右されるが、植物や菌類の品種改良の現場では紫外線を使って有益な品種を生み出す方法が実際に行われている。また、一部の昆虫には紫外線が見える。彼らにとって紫外線の与えてくれる視界は、蜜のありかを探したり巣の位置を認識するために必要だ。
手傷を負いながら、まだ見ぬ世界に出ていくことが必要な時があり、また、それができる個体がいる。菫色の瞳の少年にとっては、世界の外はすぐ隣だ。出ていく、入ってみることが、どういう結果を生むかは彼にもわからないけれど。

それでも、世界の外へ出ていこうとする―《超(リープ)》する少年たちだけが、逆説的にその世界の主役なのだ。
「何かが発生したり、変化したりするときってのは、たいてい唐突なのさ。絶滅するのもね、」
同p.50より
おまけ)ドクターマーチンカラーインクの“アイリスブルー”って使い途あったんだ……!やたら紙に色が染み込んでとれないし、すぐ滲むしで扱いづらいと思ってた。今回、スワンの瞳とリボンに使ってます。菫、そして紫外線を当てると発光する蛍石のイメージ。
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