『月光ゲーム Yの悲劇 ’88』(有栖川有栖)―フェアかつファウル

 夏が終わります。ギリギリすべりこみで、この本の話をしておきたいのですが、間に合いますか、夏。
 まだコーンフレークもスイカも食べてないし、サンダルも1回しか履いてないし、『月光ゲーム』も読み返してないのに何で終わるんだ、夏。短い。

 推理小説家、有栖川有栖のデビュー作です。
 書店へ行けば、「ミステリー」と銘打った作品がそれこそ毎日山のように入荷されてくるわけで、たぶんどれを読んでもそこそこ楽しい。みんなそれぞれ工夫を凝らしてますから。30年前はこの作品もそんな新刊のうちの一つだったんでしょう。まさか作者もこのシリーズがいまも書店に並んでいるとは思ってなかったんじゃないか。
 だけど生き残った。
 それどころか、私は、有栖川有栖は100年後も読まれているんじゃないかと思います。
 それこそ江戸川乱歩やコナン・ドイルのように。100年後も作品が手に入り、ファンがいて、どの作品がベストだとかで互いに争い(笑)、5月7日はカレーを食べて祝う(※)。そんな未来がくる。

 有栖川有栖はきっと、だれも予想しない方向でエポック・メイキングだったのです。
 何も変わったことをしない、という方法で時代の壁を正面から打ち破った。
 奇をてらった設定はどこにもない。登場人物は普通の大学生(少なくとも特殊能力はない)。視点は入れ替わらない。閉ざされた空間、限定された人物。探偵役とワトソン役がいて謎解きにあたる。終盤で読者への挑戦状。謎は、きちんと解かれる。
 あまりにも正統で、あまりにも古典的です。それのどこが面白いかって、全部完璧にやると伝説になる。

月を見上げる江神さんとアリス

 それと、推理小説の香気、というべきようなもの。月光の下で、見慣れた風景が美しく、しかしどこか心をざわめかせるように見える瞬間の暗いドキドキを、この作品は持っています。そうでなくては。
 推理小説を読む楽しみの一つに、ファウルなものに惹かれる楽しさがある、でしょう。思ってもいなかった理論に説得され(かけ)たり、邪悪なものの隠れた美しさに気づい(てしまっ)たりする。自分の足元が揺らぐ、というか、流動的になることのおもしろさ。

 ここから始まって、今も、有栖川有栖はとびきりフェアな方法で、魅力的なファウルを書き続けています。
 すごいなあ。
 やっぱり読み返そう。夏も終わるけど。

追記)※有栖川有栖の別シリーズで、探偵役とワトソン役が劇的な出会いを果たすのが5月7日である。彼らがそのあと学食のカレーを一緒に食べるのにちなんで、有栖川ファンはこの日を「カレー記念日」と呼び、カレーを食べる風習がある(ホント)。食べなかったファンは「カレー食べるの忘れちゃったよー」とツイートすることが義務付けられている(ウソ)。

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