再読していて、学園にやってきた理瀬が寮の部屋から湿原を見渡すシーンに差し掛かったとき、奇妙な懐かしさと安堵感があった。それは単に「読んだことがある」を超えて、「ああ、またこの部屋に戻ってきたんだ」という感慨だった。まるで自分自身の記憶がよみがえるような。
この本を読む人は、窓から見下ろす灰色の湿原と、湿原を渡る風が野生の麦を揺らす音を、少年時代の遠い夢として持つことになる。恩田陸はそういうことのできる作家だ。
湿原の中にそびえる全寮制の学園。三月に転入出が行われるのが慣例のそこに、二月最後の日の転入生として理瀬はやってきた。
「二月の転入生は災いを招く」。不吉な言い伝えを裏付けるように、学園内で次々と惨劇が起こりはじめる。理瀬はルームメイトの憂理、一匹狼の黎二、天使のような美貌のヨハンとともに、謎が謎を呼ぶ事件に巻きこまれていく。閉ざされた 学園“三月の王国” の物語。

ジャンルとしてはミステリに当たるのかもしれませんが、結末がわかってしまってからも、読み返す楽しみがある作品です。好きな人はきっとここに帰ってくると思う。時々読み返して “三月の王国” のまどろみの中を漂う。校舎の中をうろうろする。残りページの厚みを確認し、まどろみが破られる鮮やかで残酷なラストを思い返して、少しさみしさを感じながら。
イラストは理瀬と、黎二(右)、憂理(左)。理瀬は……これまでに何度もチャレンジしてるんだけれど、無茶苦茶難しいです。透明感があって謎めいていて可憐で、でも二面性の存在を感じさせる。どうすればいいんだ。結局、だいぶ可愛く描いてしまいました。
制服デザイン屋としては、ポイントはソックスガーターです。この学園ならアリだろうと。あの校長ならなんでもアリだろう。私もやりがいがあります(変なやる気)。
同じように、閉ざされた学園に謎の転入生がやってくる『1999年の夏休み』という古い映画の影響もあったり。
以下少し、読んだ人向け。
最近まで、読み返すたびに「黎二、報われないなあ」と残念だったのですが、
「将来ねえ。あんまり考えたことないな(後略)」
恩田陸著『麦の海に沈む果実』文庫版p.436より
というセリフとか、続く理瀬視点の描写で
黎二には僧侶か殉教者のような潔癖さがある。
同p.437より
とか、後半にかけて彼の生き方、内面が明らかになっていって、あのラストなのでまあ……黎二という人はそういう人だ。途絶ではなく、ひとつの完成に至った、そういうことなのかな。
黎二の表情は描いていてすぐ決まりました。彼は不運だけど不幸ではないんだ。
【関連記事】
◆列車で学園に向かう理瀬のイラスト。
◆追記で少しだけですが、学園がなぜ大火になったかについて、地質から考えています。
◆北見隆版制服の理瀬のイラストがあります。
◆ほかの恩田陸作品










コメント
先日、理瀬のイラストをあげていらっしゃったので、過去の記事も読ませて頂きました。今、4章の途中まで読みました。
とてもミステリアスで先が気になる物語ですね。どちらの記事のイラストもイメージがぴったりでした。魅力的な作品を教えて頂き、感謝しています。
>>1
4章の途中だと、青の丘の伝説が語られる手前ですね。ここの不穏さがすごく好きです。
私も、記憶を失ってもう一度『麦の海』を読みたいくらいです。きっかけになることができてさいわいです。
今日、読み終わりました。
暗く、不穏な空気の中で進む物語。
ただ暗いのではなく、登場人物たちの年代にしかないような眩い輝きがあります。
美しく、恐ろしい物語。私の語彙力では、上手く表現できません。
この物語を知ることができて、良かった
と思います。
>>3
眩い輝き、確かにありますね。誰もが生きるために必死で出口を探しているというか(憂理が演じる“三月”のパントマイムのように)。それが思わぬ形で終盤に現れるので、恐ろしい話です。こうなるはずじゃなかった、と、これしかありえない、のどちらも感じる。読む人を選ぶ本ですが、よい読み手の方に出会えたようでなによりです。