「月光百貨店」と足穂の神戸

 兵庫県芦屋市の「月光百貨店」で開かれた、“稲垣足穂オマージュ展2024 一千一秒奇譚”(会期2024年7月21日から8月4日)に行ってきました。

月光百貨店の写真。入口、看板、入口の天体望遠鏡。

 ちょうど関西に用事があったので、思い切って足を延ばしてみたのです。実は、芦屋もですが、神戸を訪れるのも私はこれが初めてでした。

 そのあたりは稲垣足穂の街、というイメージがありました。石畳の街にガス灯がともり、夕暮れの居留地で子どもたちが遊び、紳士たちはバーへ繰り出し、土星やお月さまと出くわしてナンセンスなケンカをするのです。『一千一秒物語』の世界です。
 そんな虚実がないまぜになった心地で日中の用事をこなし、夕方にJR芦屋駅を降りて、うきうきと歩きました。

 日が山の端に隠れると、港の街には清らかな夕べがやってきた。私は、ワイシャツを取り変え、先日買った菫色のバウを結んで外へ出た。

稲垣足穂著『ヰタ・マキニカリス』“星を売る店” 河出文庫版p.89より

 ……ふつうの住宅街に入っていきます(あたりまえだけど)。
 はたしてこの道で合っているのか、と心細くなってきたあたりで、阪神電車の高架脇の階段に、小さな看板が置いてありました。
 “こんばんは!星を送りに来ました”

小さな階段に置いてある、月光百貨店の看板。

 よかった……。こんばんは、星を探しに来ました!

 店内に入ると、夕暮れよりもさらに薄青く、シンセサイザーの未来的な音楽が低く流れていました。
 作品は、整然と並べられているというよりは、宝探しのように置かれていました。私の好きなよこやまぺんさんの絵も、入口の振り返らないと見えない位置にありました。入口の上、天井近くにも、素敵な銀色の月時計があったり。棚のアクセサリー作品も、薄青い灯りにぼうっと浮かんで見える感じ。
 本当に、落ちた星を探すみたいだ。

 ある晩、プラタナスの梢をかすめてスーと光つたものが、カチンと歩道に音を立てた。
 ひろつてみると星だ。

稲垣足穂著『稲垣足穂詩文集』講談社文芸文庫所収“星が二銭銅貨になつた話”p.51より

 「スコープの作品ものぞいてみてください」とお店の方に声をかけていただきました。小さな箱の電源を入れると、「少年の身体から水晶が生えています」そうなんだ。私は流星が衝突してきたんだと思ってた。

 ある夕方 表への出合い頭に流星と衝突した
 ハッと思うと そこにはたれもいなかった

稲垣足穂著『天体嗜好症 一千一秒物語』河出文庫所収“一千一秒物語” p.16より

 お店の方と、足穂の書いた神戸の話になりました。「ガス灯が見られるところもあるんですよ」と教えていただく。「大丸百貨店のまわりです」
 えっ、ガス灯?
 足穂の好きだった、そして、電灯に変わって嘆いていたあの「瓦斯燈」?

 ところが、たった一つかけているのは、そんな夢心地をかく私が、よりエフェクトあらしめるため―というよりむしろ当然のこととして、きっとくっつけているガス燈というものがない。それも昔はあったそうだ。が、電気局を市が買収してからすっかり影をひそめてしまった。

稲垣足穂著『天体嗜好症 一千一秒物語』河出文庫所収“瓦斯燈物語”p.76より

 それが、復元されてるんだ。やったね、足穂先生!
 神戸の街のそういうところがいいなあ。今度は観光で、昼間にゆっくり来たいものだ。今回はじつに残念……

 いや、むしろガス灯を見に行くのなら夜がいいんじゃないか?今から行けるんじゃないか?

 芦屋駅近くでさっと夕食を済ませ、JR三ノ宮駅を降りて地下鉄海岸線に乗り換え、旧居留地・大丸前駅で降りました。不安になるほど人がいない。早歩きになる自分の革靴の音だけが響く。デパートはもう閉まっている時間です。

 出口1から地上へ出ました。

火屋に青い火が燃えているガス灯の写真。

 灯が、ほんとうに青い。ガス灯だ。これだよ。 

  いっとき、100年前の『一千一秒物語』の世界に入り込んだようでした。
 機械仕掛けの蛾が舞い、道に落ちている星を拾い、角を曲がって月に出くわすのです。こんな街ならば。こんな夜ならば、それもあるでしょう。

(このあとトアロードも発見し、これがトアロードか、とうれしくなって坂をけっこう上まで登り、そのまま灯りの消えた夜中の洋館通りをそぞろ歩き、坂を下ってホテルに戻り、力尽き、倒れて眠ったのでありました……ルナチーン!)

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コメント

  1. ナツ より:

    美しい写真を見せて頂きありがとうございます。
    夜の空気も相まって、稲垣足穂の世界に入っていったようだったでしょうね。稲垣足穂の生い立ちに詳しくないのですが、どうしてあんなにお洒落で時代を超えて新しい表現ができたのだろう、と驚きます。多分、いつまで経っても新しく感じるだろうと思います。
    神戸には行ったことがないので、いつか訪れてみたいです。

  2. 石井 より:

    >>1
    見ていただきありがとうございます。稲垣足穂は誰とも似てないですよね。でも、神戸の山の手を実際に歩き回ってみると、足穂の作品世界が少し身近に感じられました。今度は暑くないときに行きたいなあ、と思っております。北海道民の感覚ですが、暑さがものすごかったです。

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