前回取り上げた『メメント・モーリ』(おのりえん著)のなかで、主人公たちが、時間の止まった王宮の中庭を抜けていくシーンがあります。噴水とタイルで彩られた、草木には手入れの行き届いた、けれど夢の中のように現実感がない中庭です。彼らはその静けさを壊さぬように通り抜けます。平出衛さんのエキゾチックな挿画とあいまって、子どもの私の記憶に残ったシーンでした。
記憶はしぶとい。

これはその何年か後に、“モンセラートの朱い本”という中世スペイン聖歌集の、(自家用)CDジャケットを作成したときのものです。“モンセラートの朱い本”は、マリア信仰で名高いモンセラート修道院に伝わる巡礼歌集です。巡礼者がみんな歌えるように、単旋律に簡単な伴奏がつくだけの素朴な曲ばかりですが、千年以上の時を経てなお、生き生きと美しい。特に、この聖歌集の中のMariam matrem virginemという曲が好きで、息を止めて聞き入ってしまう。この世のものとも思われない透き通ったメロディです。
この曲は、なぜか私の中では、噴水のある静かな中庭で聞いているイメージがありました。どこかから、かすかに歌声とリュートの音色が聞こえてくるのだけど、中庭を抜けいくつもの回廊を歩いても、決して辿りつくことができない。あたりは異様に静かで、夢の中を彷徨っているよう。その風景を表現しようとして上のジャケットになりました。自家用ジャケットだから個人的イメージでいいのです。さて、出来上がってみて気がつきました。
これ、『メメント・モーリ』の庭だ。私が立っていたのは。
どうりで、下絵を描くとき探したモンセラート修道院の画像もアルハンブラ宮殿の画像もしっくりこなかったわけだー。
Theatrum Instrumentorumの演奏だと特に、夢の中のような響きで、時間の止まった王宮の中庭を歩き回るようです。
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◆この本です。




コメント
中村苑子さんに関する記事を扉に、そこから糸を手繰っておりましたら辿り着いた者です。
新しく手にした本の、その最初のページをめくるような心持ちにさせて下さる記事を、非常に興味深く拝読させて頂きました。
折に触れ、またちょくちょくお邪魔させて頂きたく存じます。
>>1
本について書くときはいつも、その本を初めて手にした時のことを思い出します。ここに置いてあるのは、出会いを鮮明に覚えているような強度の本ばかりです。しかし、それが伝わったことに、記事を書いた私自身が驚きました。うれしいお言葉をありがとうございます。
ここには静寂と、ものを考えるための小さな灯りだけ、用意しました。いつでもお好きな時に、またお越しください。