なんて美しい朱(あか)だろう。心をざわめかせる。
私は顔彩という日本画絵具をよく使います。顔彩を使っていると、日本の伝統色とその由来には意識的になる。それでも、「朱」と言われてまず思い浮かぶ色は、神社の鳥居の色でした。赤みの強いオレンジ色です。
しかしそれは、朱といえば鉛丹(四酸化鉛, Pb3O4)が使われるようになった時代以降の観念によるらしいのです。昔むかし、奈良時代より前は、朱といえば朱砂(硫化水銀, HgS)の色だった。
朱砂とよばれる水銀の硫化物は、文字の上からはヴァーミリオンを思わせる。しかし実際はけっしてトキ色ではない。むしろ紅色であり、それもこの世のものとは思われない赤である。
松田壽男著『古代の朱』文庫版p.21-22より
冒頭のこの部分まで読んだとき、思わず本を閉じて表紙を見つめました。
書店で手に取った時から、なんとなくかすかな違和感がありました。「朱」というわりに、この本の表紙はオレンジ色ではないと。しかし、この色でなくてはいけなかった。
(アナログでもデジタルでも、描いた色をそのまま印刷物に持ってくるのはかなり難しい。色味が微妙に違ってしまうのだ。想像だけど、このちくま文庫版の表紙をデザインした神田昇和氏は、印刷所と何回も「ちがう、もうちょっと、こう!」という微調整を繰り返したんじゃないだろうか。読者がはっとして表紙を見返すときのために、入念に。)
本書は、水銀朱に魅せられた著者が、日本全国をフィールドワークして回ります。地名を手掛かりに、水銀とのかかわりが深い土地のあたりをつけ、その土壌を質量分析し水銀を検出して(!)、伝説の裏付けをとる。歴史学者が、膨大な資料と該博な知識を武器に、理系研究者と協力しながら論を組み立てていく様は爽快です。
伝説の不老長寿薬からミイラの製造、忘れられた古代の女神の話まで。水銀にまつわる物語は、その魔的な赤にふさわしいように妖しい。もし、これを読んで水銀朱の魅力に目覚めたら、『朱の考古学』(市毛勲著)も良いです。奈良の酒船石の謎がおもしろい。ただしこちらはちょっと入手困難か。
ところで、『犬夜叉』(高橋留美子著)という漫画があります。戦国時代を舞台に、半分妖怪(半妖)の心優しい少年・犬夜叉が人間の少女と冒険する物語です。犬夜叉は、妖怪であるお父さんから譲り受けた赤い衣を着ています。
子どもの頃から、犬夜叉の衣の赤色はきれいだけれど人間の纏う色ではないと感じていました。少し黒ずんだ強い赤で、異形の色だと。しかし幼い私の中で魔的な赤といえば「神社の鳥居の色」一択だったので、なぜそう感じるのかはわからなかったのです。
それから少しずつ知識をつけ、折にふれ思い返しては、あれは猩々緋でもないし真紅でもないなあ、なぜ異形と感じるんだろう、と悩んでいたのですが、

……ああ、それこそ水銀朱なのでは?
イラストは、日本の伝統色からいろいろ赤色を集めてみたもの。塗りは、ここぞとばかりに吉祥顔彩です。
キャラクターは左から、犬夜叉、安倍昌浩、鈴原泉水子ちゃん。
それぞれ高橋留美子著『犬夜叉』、結城光流著『少年陰陽師』、荻原規子著『RDG レッドデータガール』より。けんかはやーめーてー。




コメント