今年2020年のクリスマスカードは『マリア様がみてる』(今野緒雪)にしてみました。聖歌隊です。左から聖さま、祐巳ちゃん、祥子さま。

復活祭やクリスマス前になると、聖歌隊は定期メンバーに加え増員をかけます。別に歌がうまくなくていい。狙うのは練習に参加してくれそうなお人よしです。クラスの誰かに「ね、祐巳さん、楽譜見て歌っていいから、お願い!」って説得されて断り切れなかったのでしょう。祐巳ちゃんは、そういう子です。
でも、そういう急ごしらえのメンバーと、ふわふわした緩やかな高揚感の中で、イベントや長期休暇を待っているのはたのしい。非日常と日常が同居したカレンダーのエアポケットです。聖歌隊の練習と同時並行で音楽室の掃除が進行していたりして。個人的に、そんなことを思い出しました。
『マリア様がみてる』はお嬢様学校を舞台にした学園小説です。この学園には、上級生が下級生を一人選んで指導する《姉妹(スール)》という制度があり、平凡な高等部1年生である祐巳が、突然、全校生徒のあこがれの的である才色兼備の超お嬢様・祥子の《妹》に指名されてしまったことから、物語が始まります。
私はこのシリーズのあまり良い読者ではなくて、中学生だったころに数冊読んで、あとは大人になってから十数冊読みました。そしてまだ読み終わってないという(全然良い読者ではないね)。
でも、大人になってから再び手に取ったのは、またあのイチョウ並木を歩きたかったからです。
子ども向けに書かれた学園小説を大人が読む意義について、今これを描きながら考えているのですが、忘れてはいけないことを忘れないためだと思うのです。放課後いつまでも友人と話していてふと気づいた時の窓の暗さや、はたから見ればつまらない用事で寝不足になった日の教室移動の重い足取り、試験が終わって結果が出ていない期間に教室に満ちるあの中途半端な幸福感、そういった些末な記憶をです。
そういった記憶は異様にはっきりしています。私たちが、いつでも世界に対して真剣だったから。
その真剣さが、私たちをいま動かす動力の、最初に与えられた初速の部分です。だから、忘れてはいけない。
『マリア様がみてる』は、日常の些細な出来事を丁寧に描きます。そのクリアな見え方は、真剣な目に映っている世界です。見え方を思い出させてくれる。
大人になってからこのシリーズを読み返すと、彼女たちが、世界に対してあまりに真剣なのに驚きます。「真剣」のベクトルはキャラクターによって違うのですが、真剣でないキャラクターがここにはいない。みんな「大丈夫?」と思うほど、悩み、突っ走り、すれ違い、なにかを乗り越えます。劇的に。
彼女たちは物事に対して力を抜くことを、まだ知らない。いなす、ということを知らない。知る必要はないとすら思っている。とくに島津由乃。だから、大人が読むと「そんなわけあるかよ」と思う話もあるのですが、私の中の真剣な子どもが「あるよ!」と言うので、あるんでしょう。
忘れてるだけなんだ。
「賭けとか同情とか、そんなものはなしよ。これは神聖な儀式なんだから」
今野緒雪著『マリア様がみてる』p.152より

さて、キームンでも淹れて続きを読もう。メリークリスマス。




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