抜けるような広い空です。小鳥のさえずる声以外は、なにも聞こえない。
学校は午後の授業の時間でしょうか。しんとしています。

宮下奈都のエッセイ『神さまたちの遊ぶ庭』で描かれる、ここが、トムラウシです。
一目見てみたかった。
たしかに「景色が神」だなあ。

(学校のグラウンドには「歓迎 山村留学」の文字)
トムラウシの集落は、北海道の屋根と言われる大雪山連峰をもつ、大雪国立公園の中にあります。
ふもとの新得町で国道を降りて、そこから山道に入り、さらに40km近く運転します。関東なら東京駅から八王子に行けるくらいの距離を、ただひたすら、山の中に入っていきます。アイスクリームは貴重品、という描写が作中にありましたが、これはそう。そうだよ。
しかし、車がなかった時代はどうやって……、たぶん、馬車と、……徒歩だよね。
本当にこの先に人の住むところがあるの?と不安になってきたそのうち、すこん、と開けた場所に出ます。小さなまちの隅々までが、手がかけられている空気です。ほっとします。
車の外に出ると、耳が、ふっ、と軽くなった気がします。建物がほとんどないので、音が全然反響しないのです。耳が小さな音を探し始めます。小鳥のさえずり。草の葉ずれ。虫の翅音までが聞こえそうです。愉快です。
郵便局があります。

入ってみると、郵便局兼、カフェ兼、土産物店兼、お菓子屋さんになってます。
トムラウシ山を彫った版画の絵葉書を買って、広い木のテーブルで手紙をしたためながら、カモミールティーをいただきます。馥郁とした香り。蜂蜜付きです(もちろん、メニューにはこだわりのコーヒーもあります)。テーブルの横の棚を見ると、『神さまたちの遊ぶ庭』の単行本が、年月の分そこに馴染んだように、さりげなく置いてあります。
まちの人がやってきて、受付で局員さんに相談をします。すっかり相手のことが分かっていて、いつものやり取りをしている、といった感じです。打ち解けた空気です。
不思議です。
私はトムラウシのまちに、なんのゆかりもない。それなのに、40kmも山の中を入ってきて、お茶を飲んでいます。よそから来た人が、なんとなく過ごせる場所があるのです。こんなに小さな、商店もコンビニもないまちなのに。少ない人手をさいて、そういう場所を作っている。
ここを故郷のひとつにしたいと思う人がいるのがわかります。
トムラウシを出た人は、今度はほかの誰かのために、抜けた青空と静かな風の音が待つような、そんな場所を作るのでしょう。
おまけ)
もっと山道を奥に進むと砂利道になって、秘境宿・東大雪荘にたどり着きます。ここが作中で出てくる「集落の上手にある温泉」です。日帰り入浴もやっています。露天風呂の岩に登る、という話がありましたが、こんなふうに人がいなくて静かなら……登れるかも。

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