年末は悪友たちと中華料理を囲んで、民俗学や古典の話でわあわあ盛り上がったのでした。恐ろしい話や不思議な話がいくつになっても大好きなのです。
ありがたいことに、この宴会メンバー、皆どんなに飲んでいても情報の出典は正確に言う。言いたがる。言えなければ、その場で調べ始める。酔っぱらいながら。そうして、宴会が終わると読みたい本が増えているのが常です。
さて、どんな話をしたんだか覚えていませんが、へべれけな意識の中で、私は『餅と日本人』を紹介し、貸す約束をしました。したよね?……したと思う。
1999年に雄山閣出版から出たものの復刊です。よくぞ。
これは「餅なし正月」を巡る民俗学の議論をまるごと俯瞰できる、現時点で一番まとまった本です。
「餅なし正月」とはなにか。
簡単に言うと、正月に餅を食べることを禁忌とする風習です。禁止の期間や、搗いたり供えたりすることまで禁忌が及ぶかどうかなど、様々なバリエーションがありますが、この風習は全国各地に分布します。
多くの人が正月にこぞって餅を食べているなか、餅を食べない家や地域が存在する。
このことには、民俗学者の柳田国男や折口信夫が早くから気がつき、著書で言及していますが、その成立過程や意義については説得力のある結論を出せずにいました。
「餅なし正月」に腰を据えて向き合った民俗学者が、坪井洋文です。
タイトルは『イモと日本人』ですが、「餅なし正月」の話から、忘れられた畑作文化の話が掘り起こされます。坪井説では、「餅なし正月」は古い畑作文化の名残りということになります。彼の目で眺めた「日本文化」は、際立って多元的です。そう、この本の中で、餅を食べる正月のことは「餅正月」と書かれています。その一言で、自分が普通だと思ってきた正月が、一気に相対化される。痛快です。
『餅と日本人』では、この『イモと日本人』を先行研究として、「餅なし正月」の社会的意義について考察しています。もちろん、理由があるから続いてきたんだ。
でも、そもそも、なぜそんなマイナーな風習を研究するのか。
私も最初はもの珍しさに惹かれて読んでいたのですが、「餅なし正月」を調べれば調べるほど、逆に「餅正月」のことが、つまり稲作文化の影響の大きさがわかってくるのです。
最初から「日本人と稲作文化」なんて大きすぎるテーマは、とても手に負えません。そこで「餅なし正月」です。境界から攻めてみる。当たり前だと思っていた稲作文化の、意外な輪郭が見えるかも。

2022年も寒宵堂をよろしくお願いします。
恐ろしい話や不思議な話が、いくつになっても大好きです。





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