グールドのアリアと有栖川有栖

 グレン・グールドのゴールドベルク変奏曲、作中で流れているのはどっちの盤なんだろう。
 有栖川有栖の『46番目の密室』を読み返すたびに考えています。

 クラシックファンという人種は厄介で、たいてい、家に同じ曲のCDを何枚も持っています。これはポップスのファンからしたら不可解な習性です。
 彼らにとっては同じ曲ではないのです。J.S. バッハの楽譜の、同じゴールドベルク変奏曲を、グレン・グールドが弾くのとヘルムート・ヴァルハが弾くのでは大違いです。パスタとうどんくらい違うんだ、とクラシックファンは思っています。かくして、家に同じ曲のCDがあふれるのです。
 うちのことですけど。

 有栖川有栖は小説のなかで、クラシック作品における「パスタとうどんの違い」もとい、演奏家の違いをキャラクターの描写にうまく使っています。『46番目の密室』で火村がグールドのゴールドベルク変奏曲が好き、という描写があります。一方で相棒のアリスはこのとき、この曲のチェンバロ演奏を思い浮かべています。シリーズの別作品『絶叫城殺人事件』でわかるのですが、アリスが好きなのはスコット・ロスのゴールドベルクなんですね。

 ああー!わかるー!クラシックファンは勢いよく机に突っ伏します。わかるわかる。
 アリスはスコット・ロスの弾くゴールドベルクが似合う。からっと晴れた秋の空のような、気持ちの良さがある。基本的にひとがいいんだろうなと思わせる演奏です。芸術とそれを作る人間への信頼を自明のものとした音です。そう、アリスってシニカルなところもあるけど、おおむねそういう人だよ。
 (さらに有栖川有栖は『絶叫城殺人事件』の文庫版あとがきで「アリスと火村の好みをひねって逆にする手もあった」(p.409)と言っています。これだと、相手のなかに自分の好きなものを見ているという理解になるので、二人がなぜ長年にわたって親友なのかよくわかる。うわー、それもよかったなー!わかるわかる!)

 さて、同じ人が同じ曲を弾いても、別ものになることがあります。

 グールドのゴールドベルク変奏曲の、1955年と1981年の盤を聴き比べてもらったら、何も知らない人でもきっと「どういう心境の変化?」と言うでしょう。パスタでいうと赤くて辛いやつとクリームのやつくらい違うよ。いや、パスタの話するのもうやめよう。おなか減ってきた。
 55年の録音は才気煥発な、デビュー当時のものです。やばいこのリズム、この音の立ち方。
 一方、81年の録音は静かで、とても個人的です。自分に与えられた才能に深く納得し、孤独を宝とした人がたどり着ける演奏。彼にしかできない。これは結果的にグールドの遺作となりました。

 『46番目の密室』作中の、グールドの歌が、それを初めて聴く人にもはっきりと聞き取れるという描写(文庫新装版p.61)は55年盤を思わせます。ご存じの方もいらっしゃるでしょう。この人はクラシックのピアニストにはあるまじき、曲に合わせたハミングで有名です。鼻歌が録音されてしまっている。作中でもそれが話題になっています。
 しかし、『46番目の密室』のストーリーを考えると、むしろしっくりくるのは81年盤のほうだと思うのです。巨匠が自身の才能のありったけを使って作品を完成させる。ただ、グールドと違って、それが発表されることは無残にもかなわなかった。グールドの弾く81年盤のゴールドベルク、安らかに眠りにつくような最後のアリアと、作中の被害者の断ち切られた生涯が対比されているように思うのは、考えすぎでしょうか。

 有栖川有栖は人生における幸せの得難さを何度も描く。どうして、黄金の翼はあんなに捕え難いんだろう。大勢の人の手をすり抜けていく。
 
 おまけ。これは最近作った、グールドのゴールドベルク変奏曲のためのCDジャケット(自家用)です。

CDジャケット。窓の外に雪が降っている版画

 雪をちょっと強めに降らせすぎたけど、『46番目の密室』のイメージです。

 下絵で窓枠だけ転写して、雪は後から彫っています。

版画の原板

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