中村苑子を知ったのは大学時代で、それから毎年のようにこの句が思い出される。
日が高く昇った夏の静かな朝、暗い室内から、あかるい窓の外を見ているとき。

荒涼とわが身わが夏はじまれり
中村苑子著『白鳥の歌 中村苑子句集』p.19より
ふらんす堂から出ている『白鳥の歌 中村苑子句集』では、“夏季”、夏の句のページの最初に、この句がきます。まあなんと、やってくれるぜ。鳥肌が立つ。
わが夏、というのはもう間違いようもなく、この人の人生の“夏”のことでしょう。一生で一番輝かしいとされる若さの季節を、この人は「荒涼と」迎える。でも、その暗さを、大学生の私はわかる気がした。この上ないほどにしっくりくる表現だと思った。
そんなこと言ってるけども、夏は嫌いじゃない。どことなくノスタルジックだし。
中村苑子の眼は、暗がりに消えるものを追う。耳は、ここではない別のどこかの音をとらえる。
跫音や水底は鐘鳴り響き
同p.64より
これも好きな句です。“無季”のページに入っている。
鐘や鈴の音が聞こえる句はほかにもあって、どれもその正体は不明です。鐘はすでにない鐘の音だし、鈴もすでにない鈴の音なんだろうな。全編がそういった、失われたもの、これから失われるもののために詠まれています。静かな本です。
イラストは主にホルベイン透明水彩で塗りました。後ろの椰子の緑はシャドーグリーンという、混色で作れそうで、実はなかなか作れない色です。それにしても、毎年この句を思い出すたびに浮かんできた光景だったので、やっと描けてよかった。




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