ヒュッゲ(Hygge)。デンマーク語である。
日本語訳は難しい。「ささやかながら満たされた幸福な気分」、また「そのような気分にさせるものごとのさま」といったところだけど、本を一冊読んでも、ヒュッゲは、ヒュッゲであるとしか言いようがない。イラストを描いてみた。

なんとなく伝わるだろうか。
私はどちらかというとヒュッゲではない暮らしを志してきた。やっぱりかっこいいのはデカダンスだぜ、と思っていた(高校時代に澁澤龍彥にまいっていたからだ)。
だから、ヒュッゲというものを最初にどこかで聞いたときに、なんだそのふわふわぬくぬくした暮らしはよお、と反発さえしたのだった。
この本は街の喫茶店に置いてあった。
日が暮れてから開く喫茶店だ。斜めになった天井や作り付けの大きな棚の陰に隠れるように、一人掛けの席がある。卓上にはそれぞれやわらかい灯りのともるランプがあって、ほの暗い店の中では光の島が浮かんでいるように見える。ざらざらした古材のテーブルの席に着くと、木の洞で冬ごもりをする小動物の気分になれる。クリームのしっとりした甘い香りがする。ケーキがやってくる。

いつもは持ってきた本を読むのだけど、たまたまそれが難しすぎたこともあって、席に置いてあった『ヒュッゲ』に目が移った。
手に取ってめくってみた。まず写真がきれいだ。ソフトフォーカスでありながら、焼きたてのお菓子やセーターの写真からはその質感が、というより「温かさ」が余すところなく伝わってくる。
それからヒュッゲを楽しむための具体的な方法が、デンマークの文化と一緒に紹介される。さすが北欧、キノコ狩りやユール(クリスマス)がすてきだ。へえ、欧州一キャンドル灯す国なんだ、それはすごいね。あ、家で映画見るのとか保存食パーティーっていうのはできそう。ぱらぱらするうちに引き込まれた。
そして、この喫茶店の居心地の良さの秘密に気づいたのだった。
これだ。ヒュッゲっていうのは、このゆったり冬ごもり感だよ。うん、ヒュッゲ、たしかにわるくないね。
ヒュッゲは、寒さの厳しい冬、雨の多い日々、分厚いベルベットのような暗闇をどうにかする対処法なのです。ヒュッゲは1年中暮らしと共にありますが、とくに冬場は生活に欠かせないものになります。生き抜くための手段と言いかえてもいいでしょう。
マイク・ヴァイキング著『ヒュッゲ 365日「シンプルな幸せ」のつくり方』p.14より
ですから、デンマーク人はヒュッゲをこよなく愛するのですね。
そうだったのか。ふわふわぬくぬくにも切実な理由があったのだ。ますますヒュッゲを見直した。
暗い冬の景色を見ながら長いこと頭の中だけでものを考えていると、どうしても気持ちが沈んできてしまう。それはここ北海道でも何度もおぼえがある。ヒュッゲはそんなとき、五感を使って、安心な世界に自分をゆりもどす、まさに「生き抜くための手段」なのだ。たとえば、暖かい灯り、暖炉で薪がはぜる音、ふかふかのクッションとブランケット、美味しそうな煮込み料理の匂い、お菓子の甘さ、そういったもので。
わかる。ヒュッゲは北海道の暮らしにも導入されるべきである……というか単に、私がやってみたい。やりたい。
とはいえ、こちらには今まで積み上げてきたデカダンスな美意識もある。それをいきなりふわもこにするわけにはいかない。澁澤先生に申し訳ない。それと、「親しい人たちと仲良く過ごす」というのがヒュッゲにとっては大切なポイントだとあるけれど、これは私には気軽にまねできない。ふだん灯台守のような暮らしをしているのだ。だから私のヒュッゲは、できるところだけだけれども。

長い、長い冬が家の外を通りすぎていくのを、あたたかな家の中から眺める。これはきっと、大昔の人間が感じていたのと同じ幸せだ。




コメント
記事の更新、嬉しいです。
この本は、本屋さんで表紙を見て気になっていました。
ヒュッゲ、寒く長い冬を生き抜く知恵なんですね。
積極的なイメージに変わりました。
私の住む土地は、年に一、ニ度雪がちらつく程度で、冬ごもりは実感が湧きません。
ですが、冬は特に気持ちが沈みがちです。好きな本、音楽、香水などに精神を支えて貰って生きながらえています。 寒宵堂さんは寒さ厳しい北海道にお住まいとのこと、北欧に住む人々の気持ちに、より思いを重ねられるのだろうな、と思いました。
楽しい記事をありがとうございます。
>>1
私は号の通り、冬がわりと好きなほうなのですが、ここは「11月から4月まで冬」というところなので、だいたい1月を過ぎてくるいま時期、もう冬はいいかな……と思います。
ですが、この記事を作っている間は冬が好きな気持ちを思い出していました。楽しんでいただけてさいわいです。