『サマー/タイム/トラベラー』(新城カズマ)―未来がこちらへやってくる

 昔の友達に再会したみたいだった。
 私が『サマー/タイム/トラベラー』を初めて読んだのは中学の時だ。鶴田謙二の表紙イラストの、不思議なたたずまいの女の子に惹かれて手に取った。作中の彼らは年が近くて、私と同じように本が好きな彼らを、友達だと感じた。彼らがボルヘスを読むなら私も読まねば、と思っていきなり岩波文庫の『伝奇集』を買ってきて、未知の世界に目を回したりした。この作品がきっかけでサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』も読んだし、ジャック・フィニイの『ゲイルズバーグの春を愛す』も図書館の閉架から出してもらって読んだ。
 そんなことができたのも、思えばあの時期が最後だ。物語の世界と自分のいる世界がひょっとしたら地続きだと心のどこかではまだ思っていて、だから、私にとって彼らは「登場人物」ではなかった。どこかの町に暮らしている高校生たちだった(東京駅から中央線をずっとずっと西へ乗っていけば会える気がしていた。気分としては)。

 大人になって読み返すと、やっぱりこれはリアルじゃない、フィクショナルな高校生だよと思うのだけど、それでも、彼らと楽しく過ごした夏があるような気がしてならないのだ。青空の下にまっすぐ伸びる県道で、宇宙の命運をかけた実験にみんなで夢中になった夏が。

 マラソン大会のゴールテープを前にして、「ぼく」の幼なじみは姿を消した。そして、何もないところから再び現れた。
 ある日突然3秒だけ未来に行けるようになった幼なじみ、悠有(ゆう)の能力に、静かな町で退屈を持て余していた「ぼく」たちは沸き立つ。始めよう。名付けて「時空間跳躍少女開発プロジェクト」。半分冗談で、半分は本気だ。県道で跳躍実験を繰り返し、喫茶店に集まってSF談議に花を咲かせた夏休みの始まり、これが仲間と過ごす最後になるとは思っていなかった。

青空の下、県道で実験する高校生

(イラスト手前から悠有、コージン、涼、饗子。これはタクトの目線。)

「ぼく」こと、物語の主人公であるタクトは、大量の本を読みこなす不敵な秀才高校生だが、退屈な田舎町の外に出ていくことをしなかった。周りから東京の高校への進学を再三薦められたにもかかわらず、地元に残っている。
 コージンは不良と噂され、涼は医者一族の跡取りで、饗子は全寮制の女子高になかば幽閉されたお嬢様だ。タクトと仲間たちには皆それぞれ事情があり、町から出ていけない。

 だからこそ、「ここではないどこか」へ行けるかもしれない悠有の能力は、彼らにとって大事件だ。退屈な町から出ていけるかもしれない。あるいはこの町で宇宙にまたとない現象の観測者になれるかもしれない。
 しかし、タクトはいま一つ「時空間跳躍少女開発プロジェクト」にのりきれない。
 未来に跳んでいける能力は、一方では置き去りにされる者をつくるからだ。実は彼が一番、言葉にできない閉塞感にとらわれている(何度も脱走を試みては連れ戻される饗子よりも)。この物語はタクトの一人称の語りなので弱音はなかなか聞けないが、大人になって読み返すと、彼が錆だらけの自転車を見つめるシーン(1巻p.127)など、ところどころに本音が隠されている。あれはもちろん自転車の話ではない。
 そして今考えてみると、好き勝手してるふうでいてそれぞれ屈託を抱えている彼らだからこそ、中学生の頃の私は共感したのだった。未来への希望に満ち溢れている中高生はたぶんそんなにいない。

 冗談のように始まった夏休みのプロジェクトは、彼らの抱えた屈託と、多くの人の思惑と、不穏な事件によって思わぬ方向に転がっていく。青春ありサブカルありマネーゲームありの過積載な大冒険だ。ただし全部町の中で。ええー。結局彼らは町を救って終わりなの?
 そんなことはない。そこがこの作品の(今も昔も)好きなところだ。
 物語の終盤、思いもよらない場面で閉塞感は打ち破られる。視野は急速に大きくひらける。

「あたし、むこうがわ見てきたから!信用して!」

新城カズマ著『サマー/タイム/トラベラー2』p.283より

 ある事情で能力を使って建物の壁の向こうを見てきたときの悠有の言葉なのだけど、読者にとってはそうではないし、言われたタクトにとってもそうではない。このとき彼は初めて、自分にも進む先があることを信じることができる。

 物語の終わりに、タクトが仲間たちと自分のその後を語る。ここも自分の友達の話を聞いているみたいだ。ドラマティックで、でもリアリティがあって、何度読んでも胸が熱くなる。昔読んだときはなぜなのかわからなかったけれど、進む先がちゃんとある、と言われたのは、きっとタクトだけではないのだ。

 生きているかぎり、だれにも未来がこちらへやってくるんだ。それは、上手くいけば未来に向かって跳んでいくように見えるかもしれない。

追記)イラストを塗りながら、bermei. inazawa作曲の“少年の夢”が頭の中で流れていた。このBGMにかぶって、真夏の県道で「よーい!カメラ、スタート……ごー、よん、さん」「にい、いち、ゴー……!」って聞こえてきそうだ。

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