『それからはスープのことばかり考えて暮らした』(吉田篤弘)―黄金色のスープ

 丁寧に作られたサンドイッチや「おふくろの味」のスープから、暮らしの手触りが生き生きと伝わってきた。まずそれを、素敵だ、やってみたい、と思ったのを覚えている。ただ、この物語を最初に読んだとき私はあまりにも子どもで、「やっぱりもっと、商店街の事件から巨悪をあぶりだして日常を変える、みたいな話が読みたかったよおー」とじたばたして本を閉じたのだった。うーん。そういう人には向きません。大事件が起きたり仇敵と対決したりカーチェイスしたりしないから。遠くにも行かない。路面電車の走る範囲内で話が完結する。
 この作品が持っているのは別の広がりだ。奥行きのある物語なのである。
 廻り道や寄り道を含んだ奥行きが、大人になって読むと、とても心地良いのだ。

 仕事をやめて下町に引っ越してきた「僕」は、路面電車でお気に入りの映画に通う、のんびりとした日々を過ごしていた。ある日、商店街のはずれにあるサンドイッチ店で、とびきりおいしいサンドイッチに出会う。足しげく通ううち、店主の安藤さんと、その息子リツ君に説得され、サンドイッチ店「トロワ」で働きだす。付け合わせのスープの新作を任され、スープがまた、新たな出会いを生んでいく。
 気にかけてくれるアパートの大家さん。ポップコーン売りと犬。映画館で時々会う緑の帽子の、爽やかな人。

寸胴鍋をのぞき込むオーリィ君のイラスト。

 さて。読み返すたびに増していく、この物語の心地よい奥行き、これは、なにでできているんだろう。
 物語の最後には、「僕」は苦労の甲斐あって、スープを完成させる。映画館に現れる謎の人物の正体もわかる。しかし、そういった一応の直線的なストーリーのほかに、奥行きはある。

 かぼちゃのスープはかぼちゃがなければ成り立たない。クラムチャウダーは貝がなければ成り立たない。では、この物語はどうだろう。視点は「僕」。彼の感じ方で語られる、彼の時間に一致した話だ。けれど「僕」は、かぼちゃのスープにおけるかぼちゃ、ではない。大人びた少年リツ君の話があり、リツ君を心配する安藤さんの話があり、緑の帽子の彼女の話があり……「僕」はその人たちの話を、奥行きを、引き出しているふうなのだ。
 そのうえ、そもそも物語自体に「主役と脇役」という固定をかきまわす仕掛けがひそんでいる。「トロワ」はサンドイッチ店で、「僕」が真剣に開発するスープはそもそも脇役だ。「僕」が追いかけている古い映画の女優だっていつも脇役だ。けれど彼女の口笛は映画で「主役」になったりする。彼女は「僕」のなかでは主役ですらある。あれあれ、あらら?
 あっちへいったりこっちへいったりする重心の振れ、ゴールに向かって収束せずに、思いがけない風景が見える廻り道や寄り道が、道になっていく、そういう気ままな散歩のような奥行きだ。

「じつは、これは主役のいないスープなの」

吉田篤弘著『それからはスープのことばかり考えて暮らした』文庫版p.220より

 もうひとつ、この物語は、生きて残された人たちの話でもある―そんなに重たい描き方ではないのだけど。亡くなった人のことをずっと考えている。あるいは何年も経っても、ふと思い出したりしている。もしくは想いを残しながら努めて明るく振舞っている。そういう人々が描かれる。ここにも奥行きがある。

 少し話は飛ぶけれど、作中に出てくるようなスープストック(だし)をとる本格的なスープを、作ったことがある。鳥ガラを買ってきて、玉ねぎにクローブを刺し、セロリの葉、パセリの茎、粒胡椒やローレルを鍋に入れて、アクをとりながらコトコト数時間煮る。最後には全部を濾して除き、黄金色のスープストックが完成する。本体がなくなっても、鳥ガラやハーブの香りと味はしっかり残っている。そこに具を入れて、またコトコト煮込むのだ。やがて具材もとろけていく。奥深くて、ほっとする味わいだった。

スープストックをとっている鍋の写真

 亡き人たちは、いわばそのスープの下地、黄金色のスープストックのように物語に存在している。それが「名なしのスープ」のようなこの物語の、もうひとつの奥行きになっている。リツ君や安藤さんや大家さん、そして「僕」のなかにも、思い出す人がいる。それが今の彼らを作っている。

 現実もそうなんじゃないか。見かけだけいなくなっても、スープストックのようにずっと世界に存在していられる。そう思える。だから、読み終わると、ふと温かい気持ちになる。
 このラストは、幸せだけれど、あらかじめ喪失を予感させるような出会いでもある。
 けれどやがてはそれも、黄金色の思い出になっていくのだろう。

 おまけ。
 「僕」が作る「名なしのスープ」は、作中ではレシピが明らかにならないのですが、webマガジン“好書好日”の企画で動画が紹介されています。実際に作ってみました。桃は、意外と桃らしい感じがなくなって、とろっとした謎の野菜になっています。こりゃ、わかんないよ。

実際に作ってみた、オーリィ君のスープの写真。

(参考)好書好日編集部. “吉田篤弘『それからはスープのことばかり考えて暮らした』のスープを動画で味わう”. 好書好日 あの小説を食べたい. 2019-10-19. https://book.asahi.com/article/12806330

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